わたがしびより

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映画「グラディエーター」 鍵山優真さん 坂本花織さん 

 

今季の鍵山優真さんのFSと坂本花織さんのSPで使われている「グラディエーター」!!
お二人のプログラム、それぞれ本当に素晴らしく大好きです。


ですので今回は映画「グラディエーター」とお二人が使用されている曲について自分なりに感想を書きました。
映画の内容などに関しては、DVD「グラディエーター デラックス コレクターズ エディション」と「グラディエーターエクステンデッド・スペシャル・エディション」のオーディオコメンタリー他を参考にしています。
(映画のネタバレが含まれていますのでご注意ください!)

 

映画のストーリーライン


紀元180年、大ローマ皇帝マルクス・アウレリウス治世下で、マキシマスは皇帝と軍団の信頼を一身に集める、勇敢で愛情深い将軍でした。ゲルマニアでの壮絶な戦いを終え故郷に戻るのを待ち望んでいましたが、アウレリウスに後継者になることを打診されます。

その事を知ったアウレリウスの息子コモドゥスは、アウレリウスを殺害し皇帝の座をはく奪します。事態を察したマキシマスは、コモドゥスに忠誠を誓うことを拒みます。マキシマスは捕まり処刑されることになりますが、危機一髪で切り抜けます。

負傷したまま必死で馬を駆り、やっとの思いで遠く離れた故郷にたどり着きますが、目にしたのは焼かれた我が家と惨殺された妻子の姿でした。家族への謝罪の心、守れなかった悔しさ。

全てに絶望し行き倒れていたマキシマスは、意識を失ったままさらわれて奴隷として売られ、闘技場で生死をかけて戦わされるグラディエーターになりました。

 

 

優真くんの「グラディエーター

 

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マキシマスは8-9歳で入隊し、そこでアウレリウスに目をかけられ、皇帝から直接指導を受けた根っからのエリート軍人でした。しかし家族ができ、戦いにはもう参加したくないと思っていました。

映画は、麦畑の合間を縫い、手で穂先に触れるという故郷の詩的なシーンから始まります。マキシマスが戦地で見た白昼夢です。
なだらかに起伏する丘、曲がりくねった道が糸杉とリンゴと洋梨の木々に囲まれた一軒の農家へ続く景色※1
故郷にはもう2年と264日帰れていません。

その直後、戦地の森で飛び立つ鳥を見てマキシマスに恐怖が押し寄せます。広大な森に何が潜んでいるか分からないからです。ですがすぐに軍人としての自分を取り戻して、兵士たちのもとへ歩いていきます。

戦いは勝利をおさめますが、マキシマスは運命の渦に巻き込まれていきます。



最初のピアノVer.はラン・ランさんがカバーされたグラディエーター・ラプソディー/映画「グラディエーター」よりが使われています。

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次に、優真くんがステップシークエンスで使われている曲は「モア・ミュージック from グラディエーター 」の中に入っているNot Yet/まだその時ではないじゃないかと思います。(演技動画2:17~)※映画のオリジナルサウンドトラックは、「Music From The Motion Picture グラディエーター  」(以下“通常盤OST”とします)と、そこに収録できなかった曲や別バージョン、デモなどを中心とした「モア・ミュージック from グラディエーター 」盤があります。(インポートだと両方入った完全盤もあるみたいです)

この曲のもとになっているのは、作曲されたハンス・ジマーさんが“大地のテーマ(土のテーマ)”と呼ばれている曲で、メインテーマの一編になっているそうです。

同じテーマが、ゲルマニアの野営地でマキシマスが先祖たちの小立像に祈りを捧げるシーン(通常盤OST「Earth/大地」)、終盤のルッシラと心を通わせるシーン、プロキシモがマキシマスを脱出させるために鍵束を渡すシーン、この世を去ったマキシマスの栄誉を皆で讃えるシーン(通常盤OST「Honor Him/彼に光栄を」)など多くの場面で繰り返し使われ、様々な感情が表現されて、マキシマスの人生そのものを一貫して奏でているそうです。(ライトモチーフと呼ばれる手法だと思います。ミュージカルではよくリプライズ(反復)という言葉を耳にします。)

ライトモティー(ライトモチーフ、Leitmotiv)とは、オペラ交響詩などの楽曲中において特定の人物や状況などと結びつけられ、繰り返し使われる短い主題や動機を指す。単純な繰り返しではなく、和声変化や対旋律として加えられるなど変奏・展開されることによって、登場人物の行為や感情、状況の変化などを端的に、あるいは象徴的に示唆するとともに、楽曲に音楽的な統一をもたらしている。示導動機(しどうどうき)とも。(“Wikipedia”より引用)


ジマーさんは、映画内で何度も流れるマキシマスが土をつかむ場面を、“農業を営む彼の土への思いの象徴”だと話され、撮影現場でジマーさんもひとくれの土をつかんだ瞬間、物語に引き込まれたそうです。

マキシマスは戦う前に必ずかがんで土をつかんでいますが、オーディオコメンタリーでは「“その日死ぬかもしれない命の儚さ”からであり、武運を願う一種の習慣でもある」「土を触ると安心するのだろう。やがて土へ還るわけだから」「大地と彼の故郷のにおいを感じていたのかも」とおっしゃっています。

Not Yet」17曲目

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次の思わず固唾を飲んでしまうような緊迫した戦いの場面が伝わってくる迫力あるオーケストラサウンド(演技動画3:03~)は、ラッセル・ワトソンさんのグラディアトーレ(映画『グラディエーター』か)」からじゃないかなぁと思います。
スネアドラムの連打とシンクロするような大きな4T!パーカッションと優真くんの相性が抜群なのは、昨季の「Vocussion」でも周知のとおりですね!
そして素晴らしいタイミングで入る鮮やかに際立つフリップループ!

 

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力強いテノールが壮大に響きわたる最後の曲(演技動画3:35~)は、アンドレア・ボチェッリさんのついに自由に~「グラディエーターです。
この曲も“大地のテーマ”が使われてると思います。

ボチェッリさんのMVも「大地」がコンセプトの一つのように感じました。
過去と現在を受け入れ未来へつないでくれる大地の懐の深さに、普遍的な生命力を感じます。

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この曲(全体の)の歌詞は「夢だったことがもうすぐ現実になる。勇気を持って自分を信じて。あなたの運命はその手の中にある。屈しないで。ここから先はあなた次第だ」というような内容の、人生の応援歌のようにもローリーさんから優真くんへのエールのようにも聞こえます。
この曲はボチェッリさんが2009年UEFAチャンピオンズリーグ決勝での開会セレモニーで歌われたそうです。


優真くんは、このプログラムには、「力強い戦いの場面のほか、人の思いややさしさ、切なさが含まれている」とおっしゃっています。
ジュバを始めとする剣闘士仲間、プロキシモ、ルッシラ、キケロ、そしていつか会えるに違いない愛する家族の存在がマキシマスを助け、一度は生きる気力を失い殻に閉じこもってしまった心を奮い立たせました。

マキシマスの勇気と尊厳を重んじる気高い魂は、ローマの民衆の心を動かし味方につけ、ついにコモドゥスを倒す大きなパワーへとつながります。


優真くんのプログラムは、カバー曲がメインになっていて、「Not Yet」も含めて(私が確認した限りですが)映画本編内で使われていない曲ですべて編集されているのが、とても独創的で興味深いと思いました。


洒脱で軽快なSP「When You’re Smiling」と荘重な雄大さを感じるFS。
対照的とも言えるプログラムを見事に演じわける優真くんのポテンシャルの高さにはいつも驚きです!

 

花織ちゃんの「グラディエーター

 

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花織ちゃんが使われているのは エンディング~エンドクレジットで流れる、リサ・ジェラードさんが歌う映画の主題歌Now We Are Free/ついに自由にです。民族唱法を取り入れたという独特のボーカル※2が印象的です。死と引き換えに自由を得たマキシマスを讃え上げるナンバーになっているそうです。※2

追記→歌詞は、リサ・ジェラードさんが12歳の頃に、神に語りかけている時に発明された言語によるものだそうです。※3優真くんが使われている2曲目「Not Yet」の歌詞もおそらく同じく独自の言語だと思います。

この曲は、ジマーさんの“大地のテーマ”とリサさんの「Elysium/理想郷 」の旋律が使われていると思います。
「Elysium/理想郷」は 映画の中ではマキシマスがこの世から旅立つ時に流れています。
“Elysium エリュシオン”はギリシャ神話で、神々に特に祝福された人々が死後に住む楽園だそうです。
“Elysium ”という言葉は、将軍だった頃のマキシマスが、ゲルマニアでの戦いの前に兵士たちを鼓舞するときに使っています。
「もし独りになって緑の野と太陽が見えたらその先は“Elysium ”だ!」


全日本の花織ちゃんの曲紹介で、「“ついに自由に” 困難を乗り越え手に入れた“自由”への喜びを表現した」とありました。
実況解説でも「不自由さからの解放、そして明るい未来へと切り開いていくプログラム」と説明がありました。

「Now We Are Free」

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「Elysium 」

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花織ちゃんのプログラムもセリフが入るなどオリジナリティが光っています。

セリフはFSの「No More Fight Left In Me」と同様にリショーさんが後から別途に付けられたのだと思いますが、「I will see you again.But not yet.Not yet.」「Now we are free」と言っているように聞こえます。

このセリフは、マキシマスの剣闘士仲間ジュバが発した映画の最後のセリフ、「Now we are free. I will see you again.But not yet.Not yet ./おれたちは自由だ。また会おう。いつか…いつか…(まだその時ではないけどいつかは…)」を少し順序を変え女性の声に替えているのではと思います。

ジュバはマキシマスが最後残した言葉によって他の剣闘士仲間と共に解放され、民族衣装を着ています。
ジュバはこのセリフを呼びかけながら、マキシマスが大切にしていた母子の小立像を、コロセウムのアリーナのマキシマスが倒れた場所の土の中へ埋めます。マキシマスが早く家族と会えますようにという願いを込めて。
(スコット監督は“続編を作るならこのシーンから始めるだろう”とオーディオコメンタリーの中でおっしゃっています。続編を計画中だというニュースを去年みたのでとても楽しみです)


同様のセリフは、映画の中で他に二度使われています。

一つは行き倒れたマキシマスが、荷馬車に乗せられ砂漠の中を瀕死の状態で運ばれて生死の境をさまよっている時
もう一つは映画の中盤で、剣闘士養成学校の高い城壁の上でジュバとマキシマスが、互いの家族と来世(afterlife/死後の世界)について語り合うシーンです。
この二度の「Not yet/まだその時ではない」においては「その時」=マキシマスが来世にいる家族に会うこと(つまり死ぬこと)ですが、最後のジュバのセリフの「その時」=来世でジュバが友人のマキシマスに会うことだと思います。解放されたジュバはこれから故郷の(今世にいるジュバの)家族のもとへ帰っていきます。

この話は「家に帰りたい一人の男の話」であるそうです。マキシマスにとって「“家”=家族がいる場所」で、今はそれは来世にあり、そこで家族は彼が来るのを待っている。

彼を支え心の拠り所としたこの死への観念(来世観)は映画のキーになっています。


物語の最後でマキシマスは故郷に帰った自分を幻想し、まさに家族のもとへ旅立とうとしています。

花織ちゃんも「足枷」を外し、「故郷の果樹園の木の門扉ー来世への扉ー自由への扉」を開けていると思われる振付があります。

去年の12月26日に放送された「情熱大陸」で、リショーさんが、扉を開ける時の表情のイメージについて、「部屋の扉は何年も閉ざされていて、それがやっと開いたんだ。そうしたら、綺麗な庭と木が見えたんだ。その美しさに驚いて自由を感じる。ただにっこり笑うだけじゃなくて全力で喜びを表現して欲しい」とおっしゃっていましたね!
花織ちゃんが「フィギュアスケートライフvol.25」で話されていた“自由になった瞬間”はこの振付の所なのかなと思いました。

リショーさんがおっしゃっているように、映画の途中でもこの扉は出てきますがまだ開くことはありませんでした。マキシマスはコモドゥスを倒し、ようやく扉を手で押し開け、懐かしく美しい、今は来世にある故郷の景色に思わず微笑みます。

そして、最後の力を振り絞り、仲間を解放し先帝アウレリウスの遺志を伝え、彼はこの世ですべきことを成し遂げ、家族のもとへ旅立ち、自由になったのです。

「自由」と「解放」いう共通のテーマのもとで、このSPとFS「No More Fight Left In Me」は対(つい)/ペアのようになっているのかなと感じます。
今年の名フェスの会場で「Now We Are Free」~アンコール「No More Fight Left In Me」を観ることができましたが、花織ちゃんの疾走感溢れるSPと力強いFSで表現される世界観に鳥肌が立ち震えが止まりませんでした。

 

マキシマスの誇りとは

 

優真くんの全日本の時の曲紹介で「“男の誇りとは何か” 悲しみ・怒りを胸に困難に立ち向かう男のストーリー」とありましたが、マキシマスの誇りとは何か…について自分なりに考えてみました。


上述したように、マキシマスは根っからの軍人として育てられてきました。先帝アウレリウスに半生を捧げ、ローマのために戦ってきました。しかしコモドゥスの陰謀により腹心だったクイントゥスにも裏切られ、一時はローマ軍団の印「SPQR(Senatus Populusque Romanus)/ローマの元老院と市民」※1の入れ墨を消そうともしました。

そのような中、最初のグラディエーターとしての戦いの前に、プロキシモが「人間は必ずいつか死ぬ。どう死ぬかは選べぬが死をどう迎えるかが大事」なのだと伝えようとします。それは同時に、「どう生きるか どう生を全うするか」ということでもあると思います。

マキシマスは、先祖に尊厳を誓い家族を愛し(今は亡き)先帝とローマに尽くす、という強い信念を取り戻していきました。
その強い信念がマキシマスの誇りなのではないかと思います。信念を取り戻した時、マキシマスは誇りも取り戻したのではないかと思います。

映画の終盤、コモドゥスが内乱に気付き、粛清のため近衛兵がプロキシモの邸宅へ急襲した時、マキシマスは城壁の外にいる軍と合流するため、母子の小立像を手に取り鷲の飾りのついた指輪をはめ脱出します。マキシマスが大切に思っているものがこの場面で改めて示されているように思いました。


この映画は、苦境に陥った彼が自らの“生きる力”を見出す話だそうです。マキシマスにとって“生きる原動力”は、“いつか来世で家族と再会できること”だったと思います。
この物語の核は「復讐したい男の話」ではなく「家へ帰る話」であり、「誰かを殺したい男の話」ではなく「誰かを愛する男の話」になっています。
マキシマスは愛することで、悲しみや憎しみを乗り越えていったのだと思います。
優真くんは、ひとりの人間としてのマキシマスの心をとても丁寧に繊細に描き出しているように思います。

自らの信条をもって今を生きている全ての人に”この物語は贈られているそうです。

 


「Now We Are Free」にはジュバ版もあります!アフリカンリズムの素晴らしい曲です。

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マキシマスがコモドゥスを倒すことによって、多くの人々が解放されましたが、その時その数だけそれぞれの「Now We Are Free」があるのだろうと思いました。
そしてローマも悪政から自由を取り戻しました。



オリンピックでも、優真くんと花織ちゃんのそれぞれ唯一無二の、「グラディエーター」を楽しみにしています!
お二人のプログラムから、「勇気」や「希望」を感じます。
優真くんのSP「When You’re Smiling」も花織ちゃんのFS「No More Fight Left In Me」も大好きです!応援しています!

 


いよいよ団体戦が始まりました!
昌磨さん、チームココ、りくりゅう!素晴らしい演技をありがとうございます!
ネイサンも素晴らしかったです!

全選手の皆様応援しています!
関係者の皆様もありがとうございます。

出場されるすべての選手の皆様が、その舞台に立ち積み重ねてきた力を発揮できますように。
そしてスケーターのすべての選手の皆様が、思い描く演技ができますように心から祈っています。


参考
※1 「グラディエーター」デューイ・グラム著 大野 晶子 訳 ソニーマガジンズ文庫
※2 「ザ・ムービー・アルバム」 ユニバ―サルミュージック
※3 ハンス・ジマー 『偉大なる映画メロディー~The Classics covered by 11 
 artists』ソニーミュージックレーベルズ

 


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